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講座6 「北海道開拓者精神とは」

第1回 「侍たちの北海道開拓」

2012/07/21

 7月20日(金)講座6 「北海道開拓者精神とは」の第1回 「侍たちの北海道開拓」を花川北コミュニティセンターで行いました。講師は、琴似屯田子孫会 事務局長の永峰 貴さん、受講者は37名でした。

 お話の概要は以下の通りです。
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①場所請負制度と松前藩について
・江戸時代,諸藩は石高を幕府から割り振られていたが、蝦夷は、米が作れなかったで、商場の経営を商人に任せ、運上金を納めさせるという、場所請負制度という方法をとった。

・そこで力を発揮したのが村山 傳兵衛だった。(初代~6代)
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②ロシアの南下政策と国防論
・老中田沼意次は、幕府の財政難を救う策として、最上徳内等を調査隊として蝦夷に送る。
ロシアが南下してきているという調査報告を提出するが、田沼は失脚・将軍家治が亡くなり、北辺のことはそのまま放置された。
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③八王子千人同心と在住制度
・千人同心の屯田移住による土着は、「壊血病」という病にたおれ、失敗に終わるが、北海道開拓の先駆的役割を果たした。

・「在住制度」は、武士の団体を要所に定住させて辺境の警備に当たるばかりでなく、開墾も行い食料の自給体制を整えて開拓の拠点しようとするもので、「屯田兵制度」のさきがけである。
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④戊辰戦争と東北諸藩
・戊辰戦争で敗れた藩の士族は、朝敵の汚名を着せられ、禄を失い、残された道は、こに留まれば、百姓になる道しかなかった。ここに士族が初期北海道開拓の主力となった条件が生じたのです。

・「兵農相兼」という言葉の中には、単なる帰農ではないぞ、士族が士族としての身分や体面を保ちながら開墾という仕事に当たるのだという強い意志が込められているのです。
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