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講座13「遺跡を通して知る石狩のむかし」第2回「石狩の続縄文・擦文文化;弥生~平安期ころ」

2026/03/22

 3月4日(水)、講座13「遺跡を通して知る石狩のむかし」の第2回「石狩の続縄文・擦文文化;弥生~平安期ころ」を石狩市花川北コミュニティセンターで開催しました。講師は、砂丘の風資料館・学芸員の荒山 千恵さん、受講者は39名でした。
 荒山さんは、最初に前回のアンケートに書かれた質問に丁寧に答えられた後、2回目の講座の話を始められました。
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1.石狩の考古学年表
◇弥生時代以降の北海道
 稲作文化が展開しなかった北海道では、本州とは異なる独自の時期区分が用いられている。
◇北海道の続縄文文化、擦文文化と本州の時代区分との対応
・続縄文文化:紀元前3~4世紀から7世紀前半―本州では弥生・古墳時代のころ
・擦文文化:7世紀後半から12~13世紀―本州では奈良・平安時代のころ
・オホーツク文化期:続縄文文化後半期~擦文文化のころ(北海道ではオホーツク海沿岸部を中心に分布)
◇この後、2000年ほど前の紅葉山33号遺跡の話となるが、本州以南の2000年前と言うと、金印「漢委奴国王」のころ。
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※本日の話にまつわる4つのクイズ:〇か×か
第1問 北海道で出土する土器に「縄文」(縄目の文様)がみられなくなるのは、約2000年前(続縄文文化前半期)である。
第2問 北海道で出土する続縄文文化後~末期(4世紀から6世紀くらい)に作られた土器が本州の遺跡から見つかることがある。
第3問 擦文文化の竪穴住居の床面の形はほとんどが円形である。
第4問 擦文文化の竪穴住居にはカマド付きのものがみられる。

2.紅葉山33号遺跡(花川南、現在の花川南公園のあたり)
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・1967年、1968年、1982年と3回の発掘調査が行われた
・続縄文文化前半期
・墓壙、土器、石器、魚形石器、管玉(くだたま)、漆塗り弓など
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・漆塗り弓(約2000年前)は、2025年6月30日に石狩市指定文化財第10号に指定。全体は朱色に塗られており、文様の色は弓の半ばから両端に向かいそれぞれ茶色と黒色に分かれているが、真中の文様だけは茶色と黒色の組み合わせで描かれている。
・40年以上前に発掘調査された資料で、当時は詳細な撮影はできなかったが最近のデジタル技術で高精細画像として見ることができるようになった。また、CT調査により内部の情報も観察できるようになった。
・渦巻文を入れた漆塗り弓は珍しく、北海道の縄文・続縄文文化を通じた漆文化の最終段階を示す希少なもので、他地域との関りを考察する上でも重要な資料である。
・なお、この遺跡から出土した土器には縄目の文様が入っているが漆塗り弓に描かれたような渦巻文は全く見られない。
・漆塗り弓が出土した同じ遺構からは、石の矢じり、ナイフ、石斧なども多数出土。
・魚形石器(漁労具。北海道南部の続縄文文化前半期に特徴的な遺物で紅葉山33号遺跡が北限の一つ)
・紅葉山33号遺跡の遺物は、その特徴から続縄文文化前半期という事が分かるが、放射性炭素年代測定という理化学的方法からも漆塗り弓の年代測定が約2000年前であることが確かめられている(『国立歴史民俗博物館研究報告』(2021)に報告がある)。
・管玉(くだたま、弓とは別の遺構から出土)
爪楊枝と並べた管玉の大きさを示す写真が示された。
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 ネックレスは本州の弥生文化圏から持ち込まれたもの。石材は、新潟県佐渡島産ではないかと考えられている。もう一つの画像は、管玉一つ分を爪楊枝の大きさと比べたもの。長さが9ミリから18ミリほど。小口の外径が3ミリほどしかない管に1ミリほどの穴が開けられていて、技術の高さが窺われる。

※このあと荒山さんから、もし興味がありましたらご自宅へ帰ってから挑戦してみてください、との提案があった。渦巻文図の右側の白紙図に渦巻文を書き写してみると、渦巻をどういう順で描いたのか、内から描いたのか外から描いたのかなど色々疑問が湧いてきますのでやってみてください、とのことでした。
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3.若生(わっかおい)C遺跡(若生)
・当初は「石狩・八幡町遺跡ワッカオイ地点」と呼ばれていたが、平成5年に「若生C遺跡」に変更された。
・発掘調査:1974(昭和49)年~1976(昭和51)年の3年間
1)続縄文文化後~末期
・土壙墓、多数の遺物が出土
・後北式土器(後北C2・D式)の伴うもの(西暦4世紀頃)と北大式土器(北大Ⅱ式)の伴うもの(西暦6世紀頃)の2群がある。
※後北式土器や北大式土器は、本州の東北地方でも見つかっている。
※後北式土器には縄目の文様や点を並べた文様(列点文)などがみられる。
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・ガラス玉の出土(後北C2・D式、4世紀頃)
☆若生C遺跡の玉
・青紺色(濃青色)のガラス玉
・土玉も出土
・ガラス玉を非破壊分析した結果、カリガラス(K2O-SiO2)と推定(石橋・越田・高橋・竹内・中村2015、『いしかり砂丘の風資料館紀要』による分析報告)
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2)擦文文化
・竪穴住居跡6基(西暦10世紀ころ)、多数の遺物が出土
・擦文文化の住居跡は、平面形が方形でカマドと煙道のあるものが多くみられる。
・住居跡から複数の「卵形小石」⇒ゴザを編む際に用いる小石か(『Wakkaoi』(1975))
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☆「擦文」とは
 土器の調整方法から名付けられた名称。器面を平滑にするためにヘラ状の木片を粘土に押し当ててこすると刷毛でなでつけたような跡が残る。このような調整は弥生土器や土師器(はじき)の製作技法に由来。

4.紅葉山49号遺跡(花川)
・住居跡が4基出土。
・そのうち、第3号、4号竪穴住居跡は縄文文化中期に、第1号、2号竪穴住居跡は擦文文化に属す。擦文文化の竪穴住居跡は完全な形では残っていなかったが、カマドと煙道がある。

※はじめに荒山さんが出題されたクイズの解答
第1問 北海道で出土する土器に「縄文」(縄目の文様)がみられなくなるのは、約2000年前(続縄文文化前半期)である。
→正解×(約2000年前の続縄文土器には縄目の文様がみられる)
第2問 北海道で出土する続縄文文化後~末期(4世紀から6世紀くらい)に作られた土器が本州の遺跡から見つかることがある。
→正解〇(後北式土器や北大式土器が東北地方で見つかることがある)
第3問 擦文文化の竪穴住居の床面の形はほとんどが円形である。
→正解×(擦文文化の竪穴住居跡の床面の平面形は方形が多くみられる)
第4問 擦文文化の竪穴住居にはカマド付きのものがみられる。
→正解〇

5.土上遺跡(厚田区)
・厚田区聚富
・海岸線から約3㎞、知津狩(しらつかり)川が北流、標高約10m
・1964年:第一次発掘調査、1965年:第二次発掘調査
・擦文文化の竪穴住居跡
・擦文土器、須恵器(本州で生産されたもの)、紡錘車(糸を作るための道具)
北海道博物館収蔵、須恵器は常設展示されている。


6.岡島(おかしま)洞窟遺跡(浜益区)・・落石の危険から付近一帯は立ち入り禁止
・浜益区浜益(旧浜益村茂生(もい))
・1892(明治25)年の道路工事により破壊、わずかに残る
・河野広道(1933)による報告:1932(昭和7)年に地表採集
・杉山壽榮男(1938)による報告:1936(昭和11)年に発掘調査
・大場利夫らによる調査(『浜益遺跡』(1961)):1959(昭和34)年に発掘調査
・遺構・遺物:炉跡、土器、骨角器、貝製品、鉄器、石器など
☆土器・・擦文土器、オホーツク土器、続縄文土器、縄文土器

7.石狩市紅葉山33号遺跡、若生C遺跡から出土した土器(続縄文文化~擦文文化)26,3,22,11.png
5~10番  紅葉山33号遺跡 続縄文文化前半期
11~18番  若生C遺跡 後北式土器 続縄文文化後半期 4世紀頃 
19番     若生C遺跡 北大式土器 続縄文文化末期 6世紀頃
20~21番  若生C遺跡 擦文文化中期 10世紀頃

 以上で本日のお話は終了しましたが、1回目と併せて石狩市の縄文文化から擦文文化までの遺跡について、どこにあるか、どんな特徴があるかなど大変分かりやすく話していただいたので、体系的に理解することができました。
荒山さん、ありがとうございました。
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 最後に受講者から寄せられたコメントをいくつかご紹介します。
「2000年も前からこの地方でも人々が生活を営みながら美の追求をしていたのが想像でき、何だかその時代の人達と出会えた喜びを感じました。昔を知ることができるのもこうした発掘調査のおかげだと思い、それに携わっている人達に感謝です」「大変分かりやすく説明されて良かったです」「昨年ツアーで(いしかり砂丘の風資料館を)見学しました。江別に較べて展示が少なく常設をもう少し広くしたらと感じました。浜益の歴史が知れてとても良かったです。岡島洞窟も見学会で遠くから眺めました。中学校への通学路上にあったのでとても懐かしく感じました。ありがとうございました」「全体的なことは大体分かりました。もう一度復習してみます」「この北海道に縄文時代の文化がこんなに濃厚に残っていて発掘調査されていることにおどろきました」「縄文人の生活が地域によって違う時代で残っているので興味深い。折角これだけの遺跡が揃っているので、竪穴住居や墓などのレプリカを作って観光資源として活用するべきだと思います。市民の協力を得て市でレプリカを現地に作る運動をしてみませんか?」「大変分かりやすい言葉と聞き取り易い講義で内容も良く拝聴出来ました。縄文時代からの石狩の歴史のロマンを感じました。遺跡の看板ももう少し整備して広く市民に周知して欲しいものです」




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