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まちの先生企画講座5「生振の今昔話し」

第1回「生振の始まり~愛知県団体の入殖その他~」

2022/11/20

 11月18日(金)、まちの先生企画講座5「生振の今昔話し」の第1回「生振の始まり~愛知県団体の入殖その他~」を石狩市花川北コミュニティセンターで開催しました。講師は生振春光寺住職の前川英信さん、受講者は40名でした。
会場にはたくさんの資料が並べてあり、受講者に少しでも多くの情報を提供するように工夫されていました。
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 生振入殖3代目で市の職員でもあった前川さんは「今回改めて調べる中で、生まれ育った生振の事を自分が案外知らないと云うことが良く分かりました。私は、研究者ではありませんので生振に住む一市民の話として聴いていただければ幸いです」と言ってお話を始められました。
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 以下は本日のお話の概要です。
1.生振を含む石狩國とは
明治31年寺号公称の春光寺の所在地は、石狩國 石狩郡 生振村であった。
石狩國とは、北海道11國のひとつ。
石狩・・元々は川の名(イシカリベツ⇒曲がりくねって流れる川など)
生振・・オヤフル⇒川尻の丘(更科源蔵の解釈)
漢字の「生振村」と命名したのは開拓使判官岩村通俊(明治4年)。
2.太古の生振
・紀元前4,000年以前のシロナガス鯨の化石が出土(春光寺蔵)⇒紀元前4,000年以前は海だった。
・縄文時代・・鮭等が産卵のため遡上する石狩川に囲まれた生振は、縄文時代から人々が住んでいた。
当時の出土品(紀元前4,000年~紀元前1,200年)・・土器(北大式土器)や矢じり等の石器(いずれも春光寺蔵)
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・縄文後期~江戸時代(紀元前2,000年~江戸時代)・・タマサイ(首飾り)やエムシ(アイヌの太刀)、いずれも春光寺蔵。
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3.明治期の生振
樹木が茂り熊、鹿等が生息する原始の世界。石狩川は度々氾濫。冬は石狩湾低気圧の影響で凄く寒かった。本州や札幌との交通手段は、石狩まで海路、さらに石狩川を利用し茨戸まで往来。
4.生振の始まり
玉木団体などが先に入殖しているが、実質的に生振を開拓し始めたのは、明治27年入殖の愛知団体。
◇愛知団体
明治24年の濃尾地震(マグニチュード8~8.4)での大被害により、北海道移住を決意。
1陣は石狩の生振、2陣は愛別に入殖し、3陣も予定されていたが、愛知の状況が好転したためか中止された。
※入殖することが出来たのは、貸下区画が整備されていたから。
図:明治27年中貸下スベキ区画地略図
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図:明治27年愛知団体入殖区域(赤の部分)
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◇前川さんの考察―愛知団体は、生振にいつ入殖したか?
・明治27年旧暦4月15日(新暦5月19日)と言われているが、疑問がある。
・すでに明治6年に新暦が採用されている。
・出身村には、4月14日に移住届が出されている。
・貸付地予定存置願いが北海道庁に5月5日に出され、6月9日に許可されている。
・生振到着時の光景が草茫々と表現されている。
以上のことから、前川さんは愛知団体が生振に入ったのは6月後半で4月15日は北海道移住への決意日だったのではないか、と推測。
明治30年頃の農家(屋根も壁も草葺き)
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◇大正6年の石狩町12部区割図
生振は、東生振部、中生振部、西生振部、北生振部に分かれている。
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5.石狩川治水計画調査報告書(明治42年)
岡崎文吉が道庁長官に提出した報告書。
すでに、石狩放水路と石狩河口橋が構想されている。
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石狩放水路は、昭和57年完成(56年に緊急通水)。石狩河口橋は、昭和51年完成(47年から一部供用)。
6.他地区への往来事情
明治44年、札北馬車軌道開設。生振の最寄り駅は茨戸駅。
※賑わう茨戸へは、お正月に出かけた―前川さんの思い出。
7.洪水被害
石狩川の氾濫により、度々被害が起きた。
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 本日のお話は以上ですが、研究者ではないと言いながらも愛知県団体の入殖時期の推理は見事でした。
次回の「生振の戦後」のお話も楽しみです。
 最後に受講者のコメントをご紹介します。
「生振の歴史を三部作で発表されるという事に、大変興味深く楽しみにしていました。かなり、研究され た様子が伺えました。次回も期待しています」 
「生振の歴史は理解出来たが、マイクの声が悪く聞き取れないところがあったので、次回に宜しくお願 いします」 
「スタート時点でのマイクの効果が良くなかったけど・・途中で別のマイクの変えてからは良くなった と思うので事前のマイクテストは充分ににやっていただけると良かったと思います」 
「石狩川の治水は、開拓の始まった明治から大変な事業だったことがよくわかりました」
 「私は現在札幌在住ですが、生振の成り立ち?が聞くことができて勉強になりました。昔の人の大変さがわかった気がします」 
「少し聞きずらかったのですが、内容は面白く良かったです」 
「生振は鮭等が遡上し縄文時代より人々が居住していた史実は初めての知見で、縄文土器やアイヌ時代 の出土品を保管されている春光寺は石狩市にとって貴重な史跡と思います。石狩の歴史に関する今後の講座が期待されます」









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