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主催講座1「アイヌと縄文」

第1回「アイヌはどのような人々か」

2019/05/21

 5月20日(月)、主催講座2「アイヌと縄文」の第1回「アイヌはどのような人々か」を花川北コミュニティセンターで行いました。講師は、前旭川市博物館館長で札幌大学教授の瀬川拓郎さん、受講者は59名でした。

 瀬川さんは、ある講座で一番前で寝ていた方がいたと云う話で受講者を和ませてからお話を始められました。
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1.アイヌはどのような人びとか
1)江戸時代のアイヌ
人口は約25,000人。北海道、樺太、千島列島などに住んでいたが、活動領域はもっと広く大陸まで往来していた。
2)縄文人とアイヌ
・日本列島人(アイヌ、本土人、琉球人)は、縄文人を共通の祖先としている。縄文人との遺伝子の共通性は、アイヌ約70%、本土人約10%、琉球人約40%
・東ユーラシアの人類集団の遺伝子関係をみると、アイヌ、琉球人、本土人、韓国人の順に縄文人に近い
・縄文人は、どの現生人類(アフリカ、ヨーロッパ、東ユーラシア)とも異なる孤立的な遺伝子的特徴を持つ。さらに骨格研究からも縄文人がアジア、ヨーロッパ、アフリカのどの現生人類とも異なる特徴を持ち「人種の孤島」と云われる
・アイヌの風貌は、ヨーロッパ人的な印象があり、接したヨーロッパ人は自分たちと同類と認識し、アイヌ白人説を唱えた
3)「縄文語」について
・ユーラシア大陸の2,500以上の言語の中で系統不明の言語(孤立言語)は、9つしかないが、そのうち4つ(ニヴフ語、アイヌ語、日本語、韓国語)は日本及び周辺に分布
・日本列島とその周辺に集中する孤立言語は、縄文人的なDNAを持つ集団の分布と一致する⇒かってこの地域に分布した縄文人的な集団の言語が基層言語だったのではないか?
2.北海道の考古学年表(アイヌ史の時代区分)
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3.縄文の「心の文明」を受け継いだアイヌの人びと
・貝塚
ごみ捨て場ではなく、神様からの恵みを頂いて、その魂を返す所。
・クマ祭り
アイヌの飼養グマ送りの祭りと縄文時代の飼養イノシシ送りの祭りの共通性
・イレズミの風習
縄文の人びとがイレズミをしていたと云うことは、考古学的に分かってきているが、明治の頃まで、アイヌと南の島にはその風習が残っていた。
4.アイヌの人びとは、縄文時代から変わらない暮らしを続けてきた人びとだったのか?
1)続縄文時代
・続縄文時代の遺跡から出土する貝製品の貝は琉球地域(貝塚後期文化)由来のもの
・余市町フゴッペ洞窟出土の卜骨⇒本州との交流を示す
・礼文島浜中2遺跡の食用にされた弥生犬、クジラ骨製のヤス、アワビオコシは、壱岐島の原の辻遺跡、カラカミ貝塚など九州北部の組み合わせと同じ⇒九州北部の海民の移住を示す
※続縄文時代の人びとは、本州、九州、琉球などとの広い交流があった
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 以上が本日のお話の概要です。時間の関係で用意された資料の途中までしか進みませんでしたが、アイヌと縄文人の関係やそもそも縄文人とは何者かなどが良く分かるものでした。

 受講者から寄せられた多くのコメントの一部をご紹介します。
「大変面白かったです。興味はつきないです。話はわかりやすく、ゆっくりで聞きやすかったです」
「おもしろかった!興味津々、ひきこまれました。ありがとうございました。瀬川先生には3年前石狩縄文満月の会でお話をうかがいました。その関係で瀬川先生の旭川博物館にみんなで見学に行くことができ、思い出深いです。カレッジで先生のお話を聴きたいと云う希望が叶い大変うれしく思います」
「今迄アイヌ民族に関する講座に参加してきたが、アイヌのルーツ、歴史を詳細に聞いた事ははじめてであり、次回も大いに期待しています」
「今まで受けた講義とは違った角度、分野(考古学)からの話しで大変面白かった。話も上手だった」
「講義が聞きやすく非常に面白い内容だった」




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