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主催講座13「続・北海道150年物語」

第1回「北海道の漁業の歩み」

2017/12/14

 11月29日(水)主催講座13「続・北海道150年物語」の第1回「北海道の漁業の歩み」を花川北コミュニティセンターで行いました。講師は、北海学園大学経済学部教授の濱田武志さん、受講者は47名でした。

 講義は、現在の北海道漁業の状況についての話から始まり、これまでの北海道漁業の変遷について話されました。以下その概要について紹介いたします。

◆はじめに
 濱田さんは、北海道の漁業の歩みということで、最初に今の北海道漁業がどうなっているかについて話をし、そのうえで過去に戻ってこういう経過であったと進めたいと話され講義が始まりました。
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 今の北海道の漁業については、最近の報道等でもサケが捕れない、サンマが捕れない、イカも捕れないなどといわれ、今年のニュースでは"北海道の漁業生産量が平成28年度100万トンを割った"と報道されているように、今や100万トンどころか90万トンも割る記録的な不漁に陥っているとのことです。
 北海道庁が出している資料でも、北海道漁業の水揚げ量は、昭和の終わりから平成にかけては250万トンを超え300万トン近い数量であった。現在の全国の生産量が養殖業も含め450万トンで、北海道が約25%のシエアであるといわれている。北海道が250万トンの頃は全国で1,200万トンとあり、やはり1/4であった。
北海道で最初に産業として栄えたのが漁業で、数量ベースでトップの産業であったのが厳しい状況にある。金額ベースで見ると下がっていない。
金額ベースでは、水揚げ額は2,500億円から3,000億円である。農業は1兆円あり、漁業はその1/3位である。
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 次に図2を見ると水揚げ量が多かった昭和50年代はマイワシの大漁時代であった。昭和40年代も水揚げ量の山があったがこのときはスケソウダラが多かった。北海道の漁業の特徴は、一つの魚種が大漁に捕れていて全体を押し上げていた時があった。この頃は、北洋漁業がまだ始まっていないなどの条件があった。
 昭和50年代後半の山はマイワシの大漁期で、釧路沖合だけで100万トンの水揚げ量があった。釧路には、他の魚の餌や漁粉を作る工場が乱立していた。しかし、平成に入りマイワシを含め急激に捕れなくなった。経済もがたがたとなった。このように昭和時代の北海道漁業は単品で支えられてきた。
 一方で、この時代に栽培漁業を促進してきた。サケやホタテ貝などは右肩上がりで増えてきた。金額ベースでみるとホタテ貝の水揚げ金額は1,000億円近く、鮭は600億円にのぼり栽培漁業で伸びてきた。
 沖合や遠洋で捕れていたマイワシ、スケソウダラなどの一つの魚種の大漁捕獲による大生産体制は昭和で終わり、沿岸で捕れるサケ、ホタテの栽培漁業の成功、大量生産により金額ベースでは北海道が漁業をさえるようになった。昆布の方も栽培漁業でうまくいっているが、サケ、ホタテが二大魚種となっている。
 沿岸漁業はサケ、ホタテ業に依存して発展してきた。日本海側は厳しい状況であったが、1500年代後半からニシン業が始まり栄える。留萌などでは、ホタテの魚肥の需要拡大で伸びてきた。

◆近世における北海道漁業
 蝦夷地には農地がなく、産業として最初に栄えたのは漁業だった。近世では、本州への水産業として、昆布、塩サケ、ナマコなどが輸出され、ニシンを含め産業として成りたった。イワシが捕れなくなってきたが、ニシンが代替品となった。昆布は、1800年代から主要産業として発展した。
本州では、漁村は領主支配であったが、蝦夷地では松前藩の下「場所請負制度」として商人が支配してきた。松前、江差では近江商人が利権を専有していた。3番手として高田屋嘉兵衛が箱館に店を構えた。
北海道における漁業の地位は、明治14年で水産物の生産額は道内の総産出額の75%を占め、明治32年までは鉱工業生産や農林業生産を上回りトップを維持していた。
 場所請負制は、明治2年9月に廃止され、代わって漁業家が担い手となる。沿岸部の大漁業家は、ニシン漁業、サケ、マス漁業に1,000名以上の漁夫を抱えていた。漁夫数十人を抱える中漁業家、その他の小規模漁業などを加えると、明治21年の道内の漁夫数は、29,896人、明治41年には43,713人(全国比32.2%)にもなっていた。
 一方で、缶詰産業が始まってきた。明治10年に日本初の缶詰工場ができた。開拓使が石狩に缶詰工場(石狩缶詰所)を作った。

◆国策産業化する漁業
 日本としても力を入れたのが缶詰産業であった。官営から始まり民へ払い下げていった。
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 明治30年からの遠洋漁業奨励では、缶詰を使い輸出食品としていった。
明治36年~38年の日露戦争で日本は、カムチャッカ半島の漁業権を得て、露領漁業が開始された。
 大正期には、沖合で捕って沖合で缶詰にした。蟹工船が盛んになる。昭和に入り母船式サケマス漁業が始まる。昭和4年の母船1隻が昭和9年には16隻、独航船256隻までになる。

◆北海道漁業の立て直しと遠洋水域の権益再び確保なる
 戦争直後の北海道漁業は、昭和8年の水産量176万トンから昭和20年には60.7万トンへ、漁船数も60,493隻から47,748隻へと激減。北海道への外地からの引き揚げ者は総数47万人。これらの人員を漁業へ振り向けた。この方策により漁業世帯数は、昭和15年の4万戸から24年には5万2,400戸へと増加し、漁村開発事業がウトロ、ラウス、雄武町などで進んだ。
 一方、国際関係では、昭和20年にマッカーサーラインが設定され日本漁業が封じ込められ、日ソ漁業交渉でも制約を受ける。昭和27年の講和条約後、マッカーサーラインの撤廃や日ソ漁業交渉による北洋漁業の再開がなされる。
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◆戦後漁業の遠洋化と漁港都市
1)母船式サケマス漁業の基地としての函館 
 大資本の母船や独航船が函館に集結し北洋漁業の基地として発展した。ピーク時には、独航船460隻、1万7千人が集結し仕込みなどが行われ、地域経済へ大きく影響を与えた。しかし、平成元年には、母船1隻独航船57隻の船団の操業を最後に幕を閉じた。
2)中部サケマス漁業と根室
 昭和35年に、小型船1,510隻、中型船113隻で、漁獲量57,328トンを揚げていたが、平成27年にロシアでサケ流し網が禁止となり、歴史に幕を閉じた。地域経済に打撃を与える。一方、根室はサンマの水揚げ地として日本一になることが多い。
3)北洋底びき網漁業と釧路
 近海域で過剰となった機船底引き網漁船を北洋海域へ転換。全体で150隻、うち道内80隻がカレイ類やタラ類などの底びき漁が対象であったが、減船が繰り返され2014年に歴史を閉じる。基地は、釧路、稚内などであったが、釧路は、底びき漁の他に、サンマ、マイワシ、サバ類の水揚げも多く、昭和60年代にはマイワシだけで100万トンを超える水揚げがあり日本一の水揚漁港でもあった。
4)冷凍すり身技術と稚内、網走、釧路
 ちくわ、かまぼこの原料となる「すり身」は、ストックできなかったが、網走の北海道水産試験場で冷凍技術の開発が始まり、昭和35年に道内の民間4工場で試験操業をし、その後一気に広がった。沖合底引き網漁業の根拠地でもある、稚内、網走、釧路で大量生産が始まった。昭和38年には母船式の洋上すり身生産も始まり、その後全国にひろがった。
 しかし、昭和53年の200海里体制後、日本の北洋底曳き網漁船が徐々にベーリング海締め出され、合弁企業化によってアメリカに技術移転され、冷凍すり身のほとんどがアメリカからの輸入となった。
5)沿岸漁業としての展開
 このようにして北海道の漁業は、サケマス漁を軸に発展してきたが、今や太平洋側は昆布、ホタテガイの養殖、日本海側の留萌管内から後志管内は、ホタテガイ養殖の主産地として栽培漁業で生きているとのことであった。

◆おわりに
 今回の講座は、北海道の近・現代史に焦点をあて、明治時代以降における北海道の主産業である漁業、農業、石炭産業の歩みを学ぶものである。第1回目は、北海道漁業の始まりから今日までの歩みについての講義であった。それぞれの漁業の生業が道内の都市の発展につながってきたことがよく理解できた。

 受講者の感想にもこの点がよく述べられている。その主なものを以下に紹介します。
・講師の講義内容も充実し、極めてわかりやすい講義でした。近世北海道の発展のなかで、漁業状況から果たした役割等がよく理解できました。
・北海道の漁業の水揚げ量が年々減少してきた中で、栽培漁業が盛んになったことで少し安堵している。
・北海道の漁業史を勉強したことがなかったので、大変参考になった。
・現在の漁業状況から、150年の動きを漁業を中心にお話を聞け興味深いものでした。おもしろかった!
・漁業の発展が概括的にわかってよかった。わかりやすい説明であった。
・お話が大変わかりやすかったです。これからは養殖漁業が中心となっていくのでしょうが寂しい限りです。イワシは食すれば美味ですが、肥料としてのイメージが強く箸がすすみません。
・話がおもしろい!米国、カナダ、ロシアなどの国から警戒されるほど日本の漁業が優れていたのですね。戦争の勝敗によって漁獲量が減らされてきたことも興味深かった。
・戦争と漁業の関係、漁業と都市の盛衰等大変興深い話がおもしろかった。話し上手な講義を受講できる学生は幸せ。
・幕末~現代に至るまでの「北海道の漁業の歩み」がよく理解できました。
その他、多数の感想が寄せられました。

※資料:図1、図2、図3の「北海道水産現勢」は、北海道庁ホームページ水産統計による。




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