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講座3 『田中實さんが語るとっておきの話~石狩海浜地域のうつりかわり~』

第3回 「石狩海浜に魅せられた文化人たち~その作品(抄)」

2014/06/17

 6月12日(木)、講座3『田中實さんが語るとっておきの話~石狩海浜地域のうつりかわり~』の第3回「石狩海浜に魅せられた文化人たち~その作品(抄)」を花川北コミュニティセンターで行いました。講師は、石狩市郷土研究会顧問の田中實さん、受講者は50名でした。
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 最初に、俳句雑誌「かでる」に田中さんが寄稿された「ハマナスと石狩」の中でとりあげられたハマナスを詠んだ句とその作者が紹介されました。植物学者・牧野富太郎は、間違いだと言っているが、俳句の世界では、ずっとハマナスに玫瑰と云う字を充て親しみを込めて使ってきたそうです。

◆石狩海浜を詠んだ句や短歌
1)俳句
①道外の俳人
・高濱利尾
玫瑰や石狩河口水平ら
石狩の瑰花辦欠け易し
高濱虚子の長男・年尾は、小樽高商(現商大)在学中から度々石狩を訪れ、作品も多い。
・石狩川河口にて 中村草田男
女人膝下瑰砂を綴り笑(さ)く
玫瑰の花辦暢達砂の上
昭和44年、68歳の中村は同志と石狩川河口を吟行、文学者らしい厳しい、するどい目で自然を捉えている。
また、中村の代表句、瑰や今も沖には未来あり、の吟詠地を石狩とする説もあるが疑問。
・石狩河口砂丘  山口青邨
海濁り重き波寄す浜薔薇
はまなす(瑰)に白波寄するかぎりなし

②道内の俳人
・北光星
玫瑰や氓(たみ)の血ねむる汐の声
・近藤潤一
激浪を聴き瑰へ仲間入
・寺田京子
玫瑰の百歩千歩やほとけいて
・大島早苗
玫瑰は蕾「尚古社」なる館
その他、大勢の作家がはまなすを詠んでいる。

2)短歌「石狩浜のハマナスの詩作品集(抄)」田中實編(2000年)短歌の部より
・斎藤茂吉
つづきたる砂浜の上に瑰の熟れそめし果を食ひつつ行けり
・佐上信一(道庁長官)
乙女子の解きし更紗の帯に似て瑰の咲くいしかりの浜
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・吹田晋平
砂に這ふごとくに矮き瑰の丘ゆけば所所に牛糞乾く
この歌で、はまなすの丘で牛の放牧が行われていた事が分かる。このように注意深く読むと、文学作品から往時の石狩の様子を読みとる事が出来る。
・俵万智
手のひらにのせればとろりと溶けそうなはまなすの実の赤の言い分
万智さんがまだ売れない頃、リーブルなにわの店長は先見の明があり、万智さんの歌集をたくさん仕入れたところ、人気が沸騰して瞬く間に売り切れた。万智さんは、その店長に連れられて石狩を訪れた。

◆石狩を訪れた文化人
・小説家・伊藤整 
昭和10年発表の「石狩」で、石狩川のショートカット工事の現場風景を描写している(田中實 編著「文芸作品で綴る石狩三百年史稿(抄)~母なる石狩川とともに」より)
「石狩」は、川の博物館の中の文学館に本庄睦夫の「石狩川」と共に展示された。
・石狩市を訪れた文化人
田中さんの記録では、181人(作家44人、詩人27人、歌人56人、俳人37人、画家・彫刻家17人)を数える。
・吉原幸子(詩人)
豪快な飲みっぷりだった。
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・吉増剛造(詩人)
平成25年、文化功労者。
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・福島泰樹
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◆渋井一夫(画家、1933~1996)
 樺太生まれ。昭和42年に、石狩浜に住居とアトリエを備えた「石狩画廊」を開く。冬でも裸でくらし「裸の画家」と呼ばれた。
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 石狩町の観光ポスターを製作寄贈するなど石狩の観光発展に大きな貢献があり、昭和60年に石狩町産業経済功労賞を受賞。死後、多くの作品が石狩市に寄贈され、りんくるなど石狩市の所々の施設に展示されているが、画廊を訪れた人達が書き残したサイン帳が無くなったのが悔やまれる。
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◆横田庄八
 田中さんの「短歌で綴る石狩湾新港」は、横田庄八先生の作品を柱として、と云う副題がつけられている。
昭和49年 砂の丘越ゆれば碧く広がれる少年の日のわが日本海
昭和50年 新港をめぐる利害を思はなく夕べなごめる海に向へり
     新港の掘り込み地点を示すかに浜スゲの中の赤き標柱
昭和55年 砂を掘り美田をなせし人びとも工場の建つをいま抗はず
昭和56年 防風林の一つ所が伐られをり新しき道ここを過るか
横田庄八は、栗山高校、南幌高校、釧路江南高校などの校長を歴任。「原始人」同人。横田滋さんの父。

◆本郷新(彫刻家、1905~1980)
 札幌生まれ。本郷新が田中さんに語った言葉「僕は石狩が好きです。春香山にアトリエを建てたのも石狩が一望できるからです。河口に続く風景を眺めていると、生まれ育った歴史が僕のなかに生きているのが分かります。ロマンチシズムが一番残っている河口の風景に引かれて年3,4回は来ます。海と空、茫々として何もないです。強風や海の荒れた日の物凄さのなかに時を忘れます。あと10余年生命があったら、河口にモニュメントをぜひ建てたいと思っています」本郷は、「無辜の民」のデッサンも描いてみせたが、デッサンについては、りんごを描いて「彫刻家はりんごそのものを描くが、絵描きは、りんごのある場所を描く」と言った。
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 本郷は、「無辜の民」像を今あるような高い台座ではなく低い据え方で、はまなすの丘に設置する事を望んでいた。
開拓者慰霊碑「石狩―無辜の民」は、紆余曲折はあったが、本郷新の死後希望通り石狩浜に建てられ、台座には分骨が納められた。
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 本日はこのように、石狩を訪れた文化人をその時々のエピソードを交えて紹介されましたが、田中さんご自身が詩や俳句、短歌など文芸のみならず絵画や彫刻など芸術全般が大変お好きな事が良くわかる愛情あふれる語り口で話されたのが印象的でした。

 受講者からもたくさんのコメントが寄せられましたので、その一部をご紹介します。
「石狩浜と文学との関わりが勉強になりました。又、文学によって石狩の魅力を紹介された事で石狩の次回の講座を楽しみにしています」
「石狩市民となる前の話を聞き、石狩が大好きになりました」
「石狩市に住みはじめて石狩の歴史の移り変わりが色々な講座で知識を得る事が出来、改めて住んで良かったと思います」
「まだまだ知ることがある石狩の歴史を知りたいと思っています。改めて、石狩の歴史を知る事が出来ました。今度、石狩の寺や神社などの歴史を深く知りたいです」
「俳句や短歌は大好きですので本日はとても良い勉強になりました。田中先生は文学にもお詳しいですね、驚きました。又来年もお聞かせ願います」
「田中先生には年2回くらいお話を聞きたいです。深くて、実際に体験されたお話には心をうたれます。石狩の自然の良さを文学の方からアプローチすること、素晴らしい視点だと思います」

 









              





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